この投稿は、中学三年生の男子が当時流行っていたゲーム機を万引きして、

捕まったとき心の内を、手紙にしたためて関係者に送った事実・・・・それを受けて一人の読者による

「あきれた中三・・・」と彼を責めるだけの投稿を読み、私は少し違う方向から書いてみました。
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京都新聞  窓 欄   40歳

罪犯した中三 心にすき間が


「あきれた中三・・・」に思う。

 犯罪は、それを犯した者が大人でも子供でも、憎しみを超えて、多くの課題を投じてくれる。

ことに、それが子供である場合は、罪を裁く以前に、彼らの心の航跡をたどり、傷口を発見してやる

ことも大事と思う。

 筆者の子供の頃と比較すると、現代は非常に高価な遊具が、子供達の欲求を刺激して、ともすると

彼らは常に欲求不満の状態にある。ある意味でぜいたくな今の環境の中で、ファミコンもパソコンも

欲しくない子供達は一人もいないと思う。

 物が豊かな今、安易に楽を得ようとする傾向は、筆者も自省をするところであるが、子供たちの

日常にも、退屈な心の隙間が広がっているようだ。今昔を問わず、、子供の意識はそのまま大人たちの

意識であることに、筆者も心せねばと省みる。

 かつては、家族と一緒になって畑仕事などに汗を流すことで、子供なりに、生きることの厳しさや尊さ

を知り、そこに大人達との心の触れあいが生まれたよぅに思う。

 この中三の、ミッキーマウスの絵柄の封筒を使い、パソコンが欲しかった、という、子供らしい心を

思うとき、犯罪に走った彼の心の中に、それを引き止めてくれる何ものも存在しなかった孤独をとても

残念に思う。すでに、ものの善悪の判断のつく年齢として、自ら犯した罪によって、彼の傷口がさらに、

広がることのないよう、祈るものである。、