京都新聞  窓 欄    48歳


青春の日々のネガが消える


「大学移転」の記事を読んだ。現に私の母校も京都から消えようとしている。

御所や広小路や梨木神社の周辺は懐かしい我が青春の数々の思い出が残る場所である。

 桜の花の散る頃、大学の正門をくぐったのは、もう三十年も前のこと。京都の町には、市電

が走っていた。いつもいつも満員でごった返す学食が苦手で、不経済と知りつつ、荒神口や

河原町丸太町周辺の食堂や喫茶店で昼食を済ませた。

 本部キャンパス以での講義には、黄葉の敷き詰める梨木神社のそばの道を駆け足で学舎に

向かった秋冷の京都。先輩から借り受けたタイプライターを壊してしまい、修理に出すべく

スクーターに乗せてもらって京都の街を走った夏の日の汗のにおい。生活の場であった西大路

七条かいわいの棟続きの住宅地。下宿の屋根にまで火の粉が降った春日通りの火事の夜の

怖さ。入学して数ヶ月、桂川から聞こえてくる蛙の鳴き声に矢もたてもたまらず故郷に飛んで帰ったのは下宿の

裏庭のサンショウの香りがむせるころだった。

 いまも耳に残るのは、家賃を集めに来る大家のおばさんの下駄のおと、夕方の路地を流す豆腐屋のラッパのけだるいよう

な音色。それから、大文字の送り火の火の色、暮色に映える御所の木立のシルエット、コスモス揺れる大原、ワラを

燃やすにおい、カキの実の一つだけ残っていた洛北詩仙堂の晩秋の風、父と降り立った受験の前日の京都駅。

これから、そんな思い出のネガがなくなるのは残念だ。

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入力するときには正しい表記なのですが、そのままだとサイトに乗せるとかなり読みずらい。
結果、中央揃え、に設定したため何度も言うようですが、表記がでたらめになります。