京都新聞 窓 欄 昭和35年5月12日 32歳
”群れ”から脱出 さめた生き方を
ここ一カ月の間、私自身、一人になりきることがなかった。長男の入園もあって、
すっかりお預けになっていた社会的なグループ活動にも、やっと戻れそうである。
とかく、子供が小さい間は、母親は外出もままならず、これといった親友を持つことも
できず、孤独な生活を強いられがちである。
密集した住宅地であっても、なかなか本音を出せる相手というものは見いだしにくい
もので、母親同士の群れも単なるうわさ話の場として終始しがちである。子供にとって
母親がどんな精神状態で生活しているかを問うことは、とても意味深いことであると思う。
私自身、これまで二人の子供に囲まれて、自分なりにできるだけ精神的に閉じこもら
ないようにと努力してきた。単なる群れでしかない場からは、この一年間でどうやら脱出
出来たようだ。すると、自分の欠点や、今考えると赤面しそうな身勝手な言動を、冷静に
反省できるのである。群れから脱出することは、とても勇気がいるし、恐ろしいことでもあるが、
弱くても自分の納得のゆく生き方をしたいと思っている。
一人になってみて新しく出発することのすがすがしさ、甘えや他に求めるということを
すっかり捨てた、このさっぱりとした気分を私は味わっている。
群れから脱出することは決して周囲にそっぽをむけることではない。さめた心でしっかりと
自分をみつめて歩いてゆき、他とも冷静に交わることができるのである。
長男が入園を機にワンステップとぶなら、私もまた、そいうでなければと思ったリしている。