これは、私が少しの間通っていた随筆教室の生徒達の作品集の表紙です。
平成二年頃でした。合わなかったので、すぐにやめました。
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心の旅路
繰り返し、繰り返し見る夢がある。それが二十年も前から見続けてきた
夢であるにも関わらず、毎回見終わった後に残る恐怖感は、決して薄れる
ことなく尚も鮮烈なまま私に迫ってくる。もう二度とこんな夢は見たくないなぁ。
言い聞かせても夢は必ずまた現れる。
冬。人気の無い薄暗いプラットホーム。ぼんやりと照らす水銀灯の下で、
私は一人列車を待っていた。大きなトランクを下げている。視界が狭く
身体がドンと重いのは嫌いなはずの帽子を深々とかぶり、厚いコートのせいか。
私は列車の入ってくる方向を見据えた。エツ、ここはトンネルの中か。列車の後方、
微かに地上の明かりが見えた。私は、また不安と恐怖感で一杯になった。もう何台も
何台も列車に乗りそびれていた。闇の中からスーと、一人、二人、旅人らしい人影が
現れ始めた.。私は嬉しかった。彼らもあの乗りにくい列車に乗るんだ。
ごオー、という大音響をたてて流線型の恐ろしくでかい、列車が、猛スピードで突っ込んできた。
私はホームの端から端へと少しでも低い入り口を探して駆け駆けずり回る。何故かほかの乗客は
皆スイスイと乗り込んでゆく。足が上がらない。低く見えたステップは、いざ足を上げると、
ウエストの位置まである。誰か私を引っ張ってください。顔を上げると、窓のない列車だった。
乗らなければ、乗らなければ。どうしてもステップに足が届かない。これが最終列車なのに。
ああ、もうだめだ。そう思ったとたん、私はまた夢の最初のシーンに一人立たされていた。
十代のころ、食堂で、父と二人、涙が飛び出るくらい辛いカレーライスを食べたことがある。
父は早々に食べ終わると、早くしろ、と顎をしゃくる。一生懸命食べているのに、父に
それがわかってもらえない。チッ、と舌を鳴らすと父が席を立った。もうだめだ。また 父の
機嫌を損ねてしまった。私の口の中はもう何の味もしなかった。食べ残したまま席を立とうとする
私を、全部食べないか、と父は目で威圧する。私は常に父に急かされてきた。
「オーバーやなあ」
バスに乗り込む私を見て、娘は笑う。
足早の夫や十代の子供たちと並ぼうと思えば、私は息せき切って駆け続けねばならない。
あの夢の中で、私を残して、さっさと電車に乗ってしまった旅人は誰だったのか。私は
一体どこへ行こうとしていたのか。
夢の内容を分析することで、その人の心の深層にたどり着くことが出来るという。夢は
果てのない心の旅路 である。
暗いな、それ。
夢は娘に一笑に伏された。
いや、きっとこれからも、あの夢は私を追いかけるだろう。予感がする。