京都新聞 「私の作品」 掲載 37歳
ザクロの味
パリッとさけた、そのさけ目から、たっぷりと水気を含んでキラキラ光る
赤いツブツブが、こぼれ落ちそう。
「おいっ、お前、あれは、ごっついうまいんやど」と、三つ年上の兄に聞かされてから、
私はザクロの虜になった。
私が小学校低学年のころ、通学路に同級生の米屋があった。その前にザクロの木が
一本あって、私はその奇妙な姿形をした果実が気になって仕方がなかった。食べられると
知った日から、口中つばを湧きあがらせながら、その珍物を念入りに観察し、しっかりと
枝にぶらさがっていることを確かめておくのが習慣となった。
「兄ちゃんは、あれ、食べたことあるのか?」
「そら、おまえ」
どこで、どんなふうにして手に入れたのだろう。そのころの私の行動範囲では、例の米屋
以外には、あんなものは植えていなかった。盗んで食べたんやろか。思い切って米屋の
同級生に頼んでみよう。いや、兄に取ってきてもらおうか、と気をもんだ。赤いブツブツの
エキスが、いまにもしたたり落ちそうな光景は、家路についてもなお生々しく、私の頭を占領
していた。
しかし、ついに、それをわがものにすることなく、私は成人し、他地へ嫁いでいった。
ところが昨年、私はとうとうザクロをやっつけた。甘ずっぱく、やがて、ほろにがいザクロの味を
たんのうした。ザクロについては、もうなにも思い残すことはなくなった。
今年もザクロの秋がやってきた。ツルッと光る玉を見て、私はフフンと心の中で笑った。もう
ザクロの味は、完全に私のものだった。
めぐる季節に、人々は重く暗い過去を手繰りだすこともあろう。けれど、ほんのりと甘ずっぱい
なんの罪もない幼い日の追憶は、人々にやさしく声をかけてくれることも確かだ。