京都新聞 随想 37歳
蜜‘みつ’ の味
肉厚で紅色の花弁をこんもり重ねた、椿‘つばき’の花。その
蜜を加減して吸い込むと、とろっと舌に広がり、やがてじわっと
のどの奥に絡んでくる。思わぬ甘さ、花の密の甘さだった。
椿の花開く頃、私の生家に決まって訪れる人がいた。私は
小学校の中学年であった。
ー季節も変わった、着るものがいる、、、。
母は白木の香もすっかりなくなってしまった桐のタンスの前で、
一枚一枚着物(どれも普段着になるものではなかった)を手に
とっては、ぼんやりと座り込んでいた。そっと後ろから忍び寄る
私に聞かせるともなく「こっちは銘仙、これはおばあちゃんの形見」
と、その場をいつまでも立ち去ろうとはしなかった。
そんな折、母はその人に道で会うと、「また寄ってくださいネ」と
声をかけていた。二、三日後、その人は玄関の上がりかまちに腰を
おろし、母の差し出す着物を高々と上げては「惜しいですなあ、
もったいないこと。あらしまへんでエ、いまどきこれだけのもん」
と褒めたてた。その人が大きな風呂敷包みを背負って帰って行った
後も、母はポツンとして動かなかった。褒められた割には、着物が
思うような値で買い取ってもらえなかったことぐらい、おぼろげに私
にもわかるのだった。
ただ広いだけの屋敷には、大きな一本の椿の木があり、母はよく
その蜜を好んだ。ひょい、ひょいと手を伸ばし、もぎとってはチュ、
チュと吸った。私もピョンピョン跳び上がっては吸い、吸ってはポイ、
ポイと椿を投げ捨てた。捨てられた椿は二人の足下を覆い、たちまち
紅の海となった。私は蜜に飽きると、目を細め本当においしそうに椿
の蜜を吸う母の姿を、平たい飛び石の上をケンケンしながら振り返り
振り返り、確かめるようにして眺めては心が和むのだった。
田舎をきらい都会に戻りたがった母。まだじれったいような冷たさの
残る季節に、あの初老の女古着屋が私には、どうしても悪い人に思えて
ならなかったのを、思い出す。
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